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東京高等裁判所 平成8年(行コ)66号 判決

控訴人

宋慶華

右訴訟代理人弁護士

村田敏

伊藤重勝

山田正

田中裕之

近藤義徳

芹澤眞澄

被控訴人

中野区福祉事務所長

内田司郎

右指定代理人

仁田良行

外六名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対して平成六年八月一二日付けでした生活保護申請却下処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、以下のとおり当審における双方の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第二に記載のとおりであるから、これを引用する(以下、略語についても原判決と同様とする。)。

一  当審における控訴人の主張

1  争点1(憲法二五条違反)について

(一) 原判決は、現行生活保護法の立法担当者の意図は、旧法の恩恵的給付の色彩を払拭し、国民に生活保護受給権があることを明確にするとともに、受給権者の範囲を日本国籍を有する者に限定したことにあると判示する。

しかしながら、仮にそうであるとしても、そのことから直ちに生活保護法の「すべての国民」等という文言を日本国籍を有する者に限定する解釈が正当とされるものではない。法律の文言は、その制定後の国際化の進展に伴う平等保護の国際規範の出現、形成等を視野に入れ、社会情勢の変更に伴って解釈されるべきであり、立法担当者も当然にこれらにより、生活保護の対象や内容も変更されるものと考えていたものと解される。

そして、生活保護法制定から現在までには、在日・来日外国人の急増と定住化という日本における外国人の社会経済の下での急激な変化を見れば、右制定当時の立法者意思がそのまま現在に妥当するものとは到底考えられない。むしろ、現代社会において、福祉国家理念を掲げるわが憲法の下においては、外国人も生活保護の対象とすることこそ、真の立法者意思であるものと確信する。

(二) また、原判決は、憲法二五条が外国人に対して生存権保障を原理的に排除しているものと解すべきではないとしながら、外国人に対する生存権保障の責任は第一次的にはその者が属する国が負うべきであると判示する。

しかしながら、生活保護を必要とする者の所属国が責任を負うといってみたところで、わが国においては、日本国の主権によりさまざまな制限を受ける当該所属国が、自国民に満足できる生活保護を与えることなど到底考えられない。所属国負担という考え方は、在留外国人に対して生活保護の途を奪うものであり、これを是認することはできない。

さらに、原判決は、在留外国人の処遇について、国は特別の条約の存しない限り、政治的判断によって決定できるとする。

しかし、社会権規約二条二項の規定する差別禁止条項、あるいは市民及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号、以下「自由権規約」という。)二六条の規定する平等保障条項等は、右特別の条約に該当することは明らかであり、これらの条約を無視する原判決の判断は条約違反である。しかも、生活保護の付与が、直接救命治療を要する外国人の生存権に基づくか否かによって左右される点に鑑みれば、このような決定を政治的判断に委ねるべきでなく、裁判所による法的判断の対象とすべきである。原判決の右判断は、本来司法に課せられた役割を放棄ないし回避するもので許されない。

(三) 次に、原判決は、財源が限られていることを理由に、在留外国人より自国民を優先的に取り扱うことを容認する。

しかしながら、限られた財源を理由に生活保護が認められないとすることには何らの合理性もない。すなわち、まず、人権の価値は日本人も外国人も同等であって、全地球よりも重く、最大限の尊重を受けなければならない。このような人権が国家の財源という手段により制約されることは、全くの背理である。外国人を含む人民を国政の主人公とする民主主義の原則からしても、政府や公共団体は、財源確保のために最大限の努力を払わなければならないのであって、財源がないことを理由に外国人の生活保護を認めないことは、全くの本末転倒である。

また、原判決が判示するように、本当に財源が限られているかについても疑問がある。平成七年度版の社会保障統計年報によれば、平成五年度に、狭義の社会保障中公的扶助に要した費用は約一兆三八八一億八三〇〇万円(なお、同年度の防衛関係費は約四兆七二〇〇億円で、右の三倍を超える。)であるところ、生活保護受給者は総人口の0.7パーセント、約八六万八〇〇〇人であり、受給対象者一人当たり生活保護費として年間平均一六〇万円を受給していることとなる。日本人受給者にこれだけ手厚い生活保護を付与することができながら、外国人には医療扶助のための生活保護すら与えないのは、明らかに不平等である。あるいは、批判の多いODA(政府開発援助)の援助金を、外国人の生活保護に振り替えることも可能であって、予算の限界を根拠とする原判決に、実質的合理性は認められない。

(四) また、原判決は、立法の裁量について、これが著しく合理性を欠き、明らかな裁量の逸脱・濫用とみざるをえないような場合を除いては、違憲の問題は生じないと判示する。

しかしながら、右のように広い立法裁量を認めることは、立法に対し憲法からの白紙委任を認めることにつながり、憲法の保障を法律の保障に格下げすることとなる。そもそも基本的人権の保障は憲法に基づき確保されるべきであるから、立法裁量にも人権保障による一定の限界が付されているというべきである。

これを本件についてみれば、憲法二五条が保障する生存権は、各種人権享有の前提となる基本的人権であるから、各種人権の中でも一層手厚い保護を受けるべき人権である。したがって、立法府においては、国内の財政状況のみにとらわれることなく、基本的人間の生存と価値を中核とする人権保障の要請、国際社会の内外人平等待遇の原則実施のための諸条約の蓄積の動向や、国際貢献をすべきことを課せられた日本国の責務等の幅広い視野と要請に立脚して、立法しなければならないという制限が付されているというべきであり、憲法や各条約等の国際法がすべての在日外国人に保障する生活保護を実現するために、しかるべき立法をする義務が課せられているというべきである。

したがって、広範な立法裁量を認める原判決は、憲法によって人権保障を排除するものであるから、違憲である。

(五) さらに、原判決は、立法措置の選択基準について、それが著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の逸脱・濫用とみられない限り、違憲の問題は生じないとした上、①費用の全額が公費支出になっていること、②外国人の場合、資産や扶養義務の有無についての調査が困難で、事実上無条件の生活保護が適用されること、などの理由から、在留外国人に生活保護法の適用を認めなかったとしても、裁量権の逸脱・濫用は認められないと判示する。

しかしながら、①については、財源確保の問題として前述したとおり合理的な理由を欠いているし、②については、単なる技術上の困難性の程度の問題にすぎず、克服することが不可能とまでいい切れない類のものであるから、憲法上保障された生存権という基本的人権を否定する論拠とはいえない。

そこで、改めて、明らかに裁量権の逸脱・濫用等とみられるか否かを検討すべきである。その際、控訴人は、生存権を含めた社会権立法の違憲審査基準は「より厳格な審査基準」が妥当すべきであると主張する。すなわち、生存権の保障はすべての人権の維持・確保に必要不可欠であって、人権の中においてより優越的な地位が認められるべきであるから、この生存権に関する立法(ないし立法の不作為)が憲法の生存権理念あるいは価値に適合するかどうかの解釈及び違憲審査基準は、経済的自由権の規制立法に妥当する「明白性の原則」ではなく、「より厳格な審査基準」を用いるべきであり、憲法、国際人権規約その他の人権保護条約が要請する内外人平等の原則、個人の尊厳の保障、国際協調主義、あるいは世界人権宣言以後の人権保護条約に係る国際社会意識の高まりやその動向、また合法・違法を問わず国内における移住労働者の占める人口及び日本経済への経済的な貢献の比率の上昇、生存権保障の基本的価値と必要性及び緊急性等を総合的に考慮して、人権保障の観点から、当該立法措置(ないし不作為)の適否について、より厳格に審査しなければならない。このように解することこそ、人権の砦としての裁判所に課せられた司法権の究極的役割である。

しかるに、原判決は、単に「明白性の原則」で足りるとし、立法に幅広い裁量を認めたもので、緩やかな審査基準を採用することによって、裁判所に付託された右役割を放棄するものである。

(六) また、原判決は、外国人が租税を納付しているとしても、その対価として生活保護受給権が認められるものではないと判示する。

しかし、保険制度と異なり、無拠出給付である生活保護の給付財源の多くを租税に依存している現実を無視すべきではない。わが国民のみが外国人の支払った税金による生活保護給付を受けながら、在日外国人に右受給権を認めない取扱い(ただし、一部外国人を除く。)は不公平極まりない。この点こそ、まさに国(行政権)の裁量権の濫用に当たるというべきである。

在留外国人も所得税、住民税の納税義務を負担し、日本国民と同様、わが国の社会保障体制の維持に寄与している以上、生活保護受給権を認めるべき地位にあるのであるから、原判決は明らかに著しく不合理、不当である。

2  争点2(憲法一四条違反)について

原判決は、憲法一四条一項は合理的な理由のない差別を禁止する趣旨に出たものであり、法的取扱いに区別を設けることが合理性を有する限り、生活保護法上の給付に関し、外国人と日本人との間に区別を設けても、憲法には違反しないと判示する。

しかしながら、同項後段が掲げる差別禁止事由については違憲の推定を受けるから、これを否定する場合、右違憲の推定を覆すに足りる納得しうる根拠を提示すべきであって、単に合理性があるというのでは足りない。また、控訴人に対する不利益な本件処分が差別に該当するかどうかは、単なる合理性の基準ではなく、厳格な合理性の基準によって、厳しく具体的に検討の上、審査されなければならない。そうでなければ、本当に差別をなくすことはできないからである。

したがって、同項後段が掲げる差別禁止事由について差別すること、すなわち、在留外国人の在留資格の有無や種類によって外国人に対する保護給付に差別的取扱いをすることには合理性はなく、本件処分が違憲であることは明らかである。

3  争点3(社会権規約等の違反)について

(一) 原判決は、世界人権宣言は努力基準を示したもので、各加盟国に対して法的拘束力を有するものではないと判示する。

しかし、世界人権宣言は、その前文に記載されているように、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは世界における自由、正義及び平和の基礎である」との考えに立脚し、「社会の各個人及び各機関が、この世界人権宣言を常に念頭に置きながら、加盟国自身の人民の間にも、また加盟国の管轄下にある地域の人民の間にも、これらの権利と自由との尊重を指導及び教育によって促進すること」に努力すべきものとしている。したがって、世界人権宣言は、単なる努力基準で法的拘束力を有しないものではなく、各国や個々人の行動を右理想の実現に向けて規律する解釈指針、あるいは立法(ないし行政)の裁量基準となり、またその範囲を制約する役割を有するものである。世界人権宣言を単なる努力基準であるとする原判決は、右世界人権宣言の法的意義を矮小化するものである。

(二) わが国は、昭和五四年六月二一日社会権規約を批准し、同規約は国内的効力を有することとなったが、同規約二条二項は「この規約の締結国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的もしくは社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」と規定して、差別禁止条項を設けており、右条項は即効的・即時的効力を有すると解されている。

したがって、原判決の判示するように、生活保護法の適用対象を日本国籍を有する者に限ると解釈すべきであったとしても、右規約の批准に伴い、同法の法改正を行うまでもなく、外国人をも含めた国民と読み替えることが十分に可能であり、むしろ、いわば当然の解釈というべきである(ちなみに、国民年金法は、右規約の批准と同時に、それまでの「日本国民」という国籍条項を削除している。)。したがって、本件処分は右規約及び生活保護法に違反するものである。

右のように解することができないとしても、在留外国人の在留資格の有無や種類によって外国人に対する保護給付に差別的取扱いをすることは、国際人権規約の外人平等待遇の原則(社会権規約二条二項、自由権規約二六条)に違反するものである。社会権規約二条二項が即効的であることは争いがないから、生活保護法においても、外国人について医療扶助の生活保護給付を否定するような限定的解釈及び適用をすることは許されない。特に、緊急医療を必要とする者に対して、右のような差別的取扱いをすることは、緊急医療を受ける権利が人間にとっての基本的生存という生命価値にかかわる以上、合理的差別とはいいえない。したがって、本件処分は右規約に違反する。

(三) さらに、原判決は、社会権規約九条の規定は、各締結国が社会保障の実現に向けて、社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したもので、個人に対して直接具体的な権利を付与したものではないと判示する。

確かに、右規約二条一項が漸進的達成を規定しているとしても、同条二項の右内外人平等待遇規範は即効的に効力を生じ、直ちに達成されるべきであるから、ひとたび社会保障立法がされた以上、その法内容には差別があってはならないのである。特に、本件のごとく外国人の生命が危険に曝された場合のように、生存権という人間の基本的価値にかかわる平等権については漸進的達成は許されず、即時実現しなければならない。原判決には、同規約九条及び二条二項の解釈を誤った違法がある。

4  緊急医療の付与について

(一) 本件は、控訴人に対する緊急医療の付与の事案であるが、緊急医療の付与は、人間存在の本質から、国籍人権を超えて、すべての人間に平等に保障されなければならない。

すなわち、人間の生命は尊貴であり、全地球よりも重く、人間はただ人間であるだけで誰からも最大限の尊重を受けるとの人命尊重の思想は、近代及び現代憲法の大原則であり、日本国憲法もこの人命尊重主義を認め、これを国政の基本原理に据えている。そして、この人命尊重主義の根本にある「生命の安全と維持」という人間存在の最も基本的な価値は、条理、経験則からしても、日本国民に限定されることなく、等しく、わが国における在留資格の有無種類を問わず、あらゆる外国人に対しても保障されるものと解されなければならない。

(二) 生存権保障と緊急医療

憲法上の要請である生存権の中でも最も重要なものは、生命を救って健康を回復するのに最低限必要な医療行為である緊急医療の付与を受ける権利である。この緊急医療の付与は、何より右人命尊重主義に支えられているのであるから、在留資格のない外国人を含めた在日外国人に当然その保障が及ぶものと解さなければならない。生命維持の唯一の手段である緊急医療受給権については、日本人と外国人とを絶対的に同等に取り扱うことこそ、個人の尊厳を保障した憲法の趣旨に合致するものである。

緊急医療の付与は、他に採りうる手段がなく、生死の境にある人間の生命を救助するという切迫した緊急性を有している以上、まず、当該外国人を現実に治療しうる日本(社会)がこれを付与する責任を負うことが正義である。当該外国人が所属する国が右責任を負えば足りるとする考え方は、生命の価値を国籍という人為的国家主権的な尺度で差別しようとするもので、到底採用できない。

最近、いかなる者に生活保護を認めるべきかという立法裁量の問題について、緊急医療のような人としての生物的生存にかかわる場合には、立法裁量がゼロに収縮し、行政裁量も同様であるとする考え方(裁量収縮論)が有力に主張されている。何人に対してであろうと、緊急医療の付与こそ、立法及び行政の裁量をもってしても侵しえない個人の尊厳の保障の核心であることを看過すべきでない。

ちなみに、不法滞在外国人であっても、日本国による退去強制によって生存の脅かされることが明らかな場合には、当該外国人に対しても、憲法前文第二段に規定する平和的生存権が適用されるとして、退去強制を認めなかった判決例(東京地方裁判所昭和三二年四月二五日判決)もあり、この判決例の趣旨に照らしても、生死の境をさ迷った控訴人に対する緊急医療は、生存権の内容として、日本人と同様に保障されると解するべきである。

(三) 平等原則と緊急医療

緊急医療が人命尊重主義に裏付けられていること、保障の性質上代替性が一切なく、緊急性が求められていることなどからすれば、国籍や人種によって一切差別すべきではない。

人間の命に限っては、他の法益や権利と異なり、国籍や人種による区別は一切許されないはずであり、絶対的平等が保障されるべきである。医師法一九条が、医師は診察治療の求めがあった場合拒絶してはならないことを鉄則としていることをも考慮しなければならない。

緊急医療の付与とその受給権すら認めない本件処分は、人種、社会的身分に基づく差別であって、平等原則に違反する違憲の処分である。

なお、生存権が日本国民のみならず、外国人にも基本的に保障されるという立場を妥当とし、生存権保障の程度については、人間としての最低限度の生活にかかわる部分と、より快適な生活の保障の部分とを分け、前者については立法目的の重要性と立法目的と手段との間に実質的な関連性があるかどうかを事件の具体的事実に基づいて判断する「厳格な合理性」の基準で考えるべきであり、また、定住外国人以外の外国人についても厳格な合理性の基準を採用すべきであるという、注目すべき見解がある。緊急医療の付与は、まさに右にいう人間としての最低限度の生活にかかわる部分の保障であり、右の厳格な合理性の基準から考えてみても、人間の命を救済するために認められた緊急医療の付与に関しては、滞在期限を徒過した者をも含むすべての在日外国人をその対象から除外することには全く合理性がないか、あるいはその根拠は薄弱であり、違法というべきである。原判決は、単なる合理性の基準のみにより、本件処分が平等原則に違反しないとするが、緊急医療の本質を見誤った、違憲、違法の判断である。

(四) 社会権規約と緊急医療

社会権規約二条二項は、前述したとおり、社会保障の権利について内外人平等の原則を規定し、この平等保障には即時的効力があると解されるのが一般である。わが国も右規約を批准している以上、即時に右内外人平等原則を履践しなければならず、外国人に対しても日本人と同じ緊急医療を付与すべきである。

ちなみに、最高裁判所は、外国人に対しても、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきである(マクリーン事件、同裁判所昭和五三年一〇月四日判決)として、権利の性質によっては、外国人にも日本人と同じ保障が受けられるという原則を認めた。緊急医療という緊急かつ重大な権利の性質上、在留外国人がわが国民と差別されて右医療を付与されない理由はどこにも見いだせない。

原判決は右規約の解釈適用を誤るものというべきである。

(五) 最高裁判所平成九年一月二八日判決と緊急医療

最高裁判所は、右手指を失い負傷した不法就労外国人の逸失利益などの算定方法が争われた労災事故の民事損害賠償裁判について、被害者が日本人であると否とによって異なるべき理由はないとして、不法就労外国人である上告人に対しても、日本人と差別のない算定方法に基づく逸失利益及び慰謝料からなる損害賠償請求権の権利主体たる地位を認め(改進社事件、同裁判所平成九年一月二八日判決)、日本人も不法就労外国人も、平等に損害賠償請求権を保障されるべきであるとした。

これによれば、外国人にも、違法滞在であっても、損害賠償請求権の主体的地位が保障されているのであって、右主体的地位を確保するための生命を救う緊急医療の受給権も、日本人と差別なく当然保障されるべきである。緊急医療の付与を一切認めない原判決は、右最高裁判所判例にも違反するものである。

二  当審における被控訴人の主張

控訴人の主張はいずれも争う。

1  憲法二五条違反について

生活保護法はその適用対象を日本国民に限定している。

そして、生存権の保障はまずその対象者が属している国の責任であって他国の責任ではないとする原則は、現在もなお通用性を有する原則であり、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、特別の条約が存しない限り、当該外国人の属する国との間の外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情に照らしながら、その政治的判断によって決せられるべき事柄であって、その選択決定は立法府の広い裁量に委ねられている。

したがって、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用が認められる場合を除いては、違憲の問題は生じないと解されるところ、本件で問題とされている生活保護法は、右の原則を前提に、その費用が原則として全額公費から支弁されること、保護の実施機関としてはその対象とする外国人についての本国における資産や扶養義務者の有無等についての調査が困難であって、事実上無条件で生活保護を適用するに等しくなる可能性があること等の事情を考慮し、限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人よりも優先的に扱い、その保護対象者を国民に限定したものであり、右取扱いは、まさに立法府の裁量の範囲内に属するものであって、生活保護法が憲法二五条に違反するものでないことは明らかである。

2  憲法一四条違反について

憲法一四条は法の下の平等を規定しているが、この規定は合理的な理由のない差別を禁止する趣旨に出たものであり、各人に存在する経済的、社会的、その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、右規定に違反するものではない。

生活保護法が日本国民と外国人を区別しその保護の対象を日本国民に限定したことは、右に述べたとおり、立法府の裁量の範囲内に属する事柄であって、合理性を欠くものではないから、右区別は憲法一四条に違反するものではない。

3  いわゆる社会権規約適合性等について

世界人権宣言は、国際連合総会が加盟各国に努力基準を示したものにすぎず、加盟国に対して法的拘束力を有するものでないことは明らかであるから、同宣言を根拠として本件処分の違法性を主張することはできない。

社会権規約九条は、「この規約の締結国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定するが、同規定は、締結国において、社会保障についての権利が社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即座に具体的権利を付与すべきことを定めたものではないから、同条を根拠として本件処分の違法性を主張することもできない。

同規約二条二項は平等原則を規定するが、これは憲法一四条と同趣旨を規定したものと解され、内外人の取扱いにつき、絶対的平等を保障するものではなく、合理的な区別を設けることも当然許される。そして、生活保護法が自国民を在留外国人よりも優先的に扱い、その保護対象者を国民に限定するとの取扱いをすることは、立法府の裁量の範囲に属する事柄であって、合理性を欠くものではないから、憲法一四条にも同規約二条二項にも違反するものではない。

これに対し、控訴人は、同規約二条二項は、即効的・即時的に国内法に優越し又は同一の効力を有する法規として、わが国を規律する効力を有するようになったのであるから、同規約の批准に伴い、生活保護法が規定する「すべて国民」等の文言についても、法改正を行うまでもなく、外国人も含めた国民と読み替える解釈をしなければならなくなった旨主張する。右主張によれば、あらゆる外国人をすべて同法の保護対象にし、その保護の程度も日本国民と同様にしなければならなくなりそうである。

しかし、外国人といっても、在日朝鮮・台湾人、難民、適法な在留資格を有する一般外国人、不法在留外国人など、各種の類型が存し、これらをすべて一律同等に扱うことが合理的であるとは思われない。

ことに、控訴人のような不法在留外国人にあっては、わが国に在留すること自体が違法であり、生活保護制度の前提である補足性の原則(同法四条)と相容れない存在である上、このような者にまで生活保護を認めると、生活保護を目的とした入国者を誘発し、また不法滞在を助長しかねないのであって、わが国の法秩序に反するといわざるをえず、したがって、あらゆる外国人を日本国民と同等に扱うことができないことは明らかである。そして、いかなる外国人に対していかなる限度で生活保護を認めるかであるが、その決定は、まさに、立法府において、先に述べた諸事情を総合考慮し政治的判断によって決すべき事柄であって、立法府の裁量に委ねられているものと解されるのである。したがって、右規約の批准に伴い、生活保護法による保護対象者につき、すべての外国人を含むとの解釈を行わなければならなくなったとする控訴人の主張は失当である。

また、同規約二条二項は、控訴人の主張するような、生活保護法の法改正を行うまでもなく、同法の法文を読み替えてすべての外国人をその保護対象とすることとなる効力があるという意味での即効性を有するものではないことは明らかである。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきものと判断するが、その理由は、以下のとおり、当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」第三に記載のとおりであるから、これを引用する。当審における証拠調べの結果も、右認定を左右するに足りない。

1  争点1について

生活保護法一条等の文理、旧法が廃止されて現行の生活保護法が制定された際の沿革を前提とする限り、生活保護法の適用対象が日本国籍を有する者に限られるものと解すべきこと、また、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであるが、外国人に対する生存権保障の責任は、第一次的にはその者の属する国家が負うべきであるから、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについて、国は、特別の条約が存しない限り、当該外国人の属する國との間の外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で給付を行うに当たり、自国民を在留外国人よりも優先的に扱うことも憲法上許されるべきこととなること、憲法二五条の規定の趣旨に応えた立法措置の選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるをえないような場合を除いては、違憲の問題を生じないものというべきであること、そして、本件の生活保護法について、同法の適用を在留外国人に認めないことが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるをえないような立法措置であるとまではいえないことは、原判決が詳しく説示するとおりであって、原判決のこの点の認定判断は相当である。控訴人は、原判決の右認定判断をるる非難するが、見解を異にするものであって、いずれも採用しない。

2  争点2について

憲法一四条一項の、法の下の平等の規定は、合理的な理由のない差別を禁止する趣旨に出たものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、右規定に違反するとはいえないものと解すべきこと、そして、生活保護法上の給付に関し、日本国民を在留外国人に優先させることとして在留外国人を支給対象から除くことも憲法の許容するところであって、かかる限定も立法府の裁量の範囲内に属する事柄と解すべきであるから、右区別についての合理性を否定することはできないものというべきことは、原判決の説示するとおりであり、原判決のこの点の認定判断も相当というべきであって、これを非難する控訴人の主張も採用できない。

3  争点3について

(一) 控訴人は、昭和五四年にわが国が社会権規約を批准したことに伴い、同規約二条二項に基づき、生活保護法の適用対象も日本国籍を有する者に限定する趣旨ではなく、外国人をも含めた国民を対象とするものと読み替える解釈をすべきであるし、そうでないとしても、本件処分は右条項に違反すると主張する。

なるほど、社会権規約はわが国も批准した条約であって、わが国に対して法的拘束力を有するものであるところ、右規約二条二項は、「この規約の締結国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的もしくは社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する。」として、平等原則を規定しているのであるから、適用対象を日本国民に限定した生活保護法が、右条項に違反するものであるか否かについては検討を要するといえるものの、控訴人が主張するように、右規約の法的拘束力から当然に(すなわち、同法の法改正を行うまでもなく)、同法の適用対象が外国人をも含める趣旨に変更されたと解することができないことは明らかである。

そして、右規約の平等原則の規定も、合理的な理由のない差別を禁止する趣旨であって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、右規定に違反するとはいえないものと解すべきであり、原判決が説示するとおり、生活保護法上の給付に関し、日本国民を在留外国人に優先させることとして在留外国人を支給対象から除くことも、立法府の裁量の範囲内に属する事柄と解すべきであって、右区別の合理性を否定することはできないものというべきである。

したがって、控訴人の右主張はいずれも採用できない。

(二) また、世界人権宣言は加盟国に対して法的拘束力を有するものでなく、社会権規約九条も生活保護の対象を日本国民に限定することを禁止する具体的な裁判規範となるものではないことは、原判決の説示するとおりであり、原判決のこの点の認定判断も相当であるから、原判決の右認定判断を非難する控訴人の主張は採用できない。

4  緊急医療に関する主張について

控訴人は、少なくとも緊急医療の付与は、人命尊重主義に基づき、外国人にも等しく与えられるべきものであって、これを認めない本件処分は、憲法二五条、一四条、社会権規約二条二項等に違反するもので、正義公平の見地からも到底是認されるものではないと主張する。

なるほど、人の生存は人権享有の前提となるものであり、また、その性質上日本国民のみを対象としているものを除く、人であることによって認められる基本的人権は、国籍又は在留資格の有無を問わず尊重されるべきであるから、生存そのものの危機に瀕している者の救護は、わが国に在留する資格の有無にかかわらず、法律上の配慮を受けるべきものというべきである。

しかしながら、生活保護法の適用については、同法が外国人に適用されないと解すべきことは既にみたとおりであって、このことは、緊急医療の付与についても異ならないといわざるをえないから、控訴人の右主張は、結局採用できないものである(原判決も指摘するとおり、立法的検討の余地はあろう。)。

なお、控訴人は、最高裁判所平成九年一月二八日判決を引用して、緊急医療の付与についても、不法在留外国人にも日本人と差別なく当然保障されるべきであると主張するが、右判決は本件とは事案を異にするものであって、控訴人の右主張も失当である。

二  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官山﨑健二 裁判官筏津順子)

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